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武士は食わねど高楊枝

「武士は食わねど高楊枝」というと食べていないのに楊枝をつかっているので「見栄を張ること」と勘違いをしている人もいるらしいのですが、武士たるもの空腹でも顔色一つ変えず今食べたばかりのように振る舞うものだという意味で、

 

「どんなに貧しく生活に困っても悪事や恥ずべき行為をしない」

 

という武士道精神を表す言葉です。

 

「渇しても盗泉の水を飲まず」「鷹は飢えても穂を摘まず」も同じような意味です。

 

毎日、窃盗や殺人、それも親族殺人のニュースを目に耳にします。以前は山陰でこんな事件があれば大騒ぎでした。それが今は少し慣れてきてしまっているのではないでしょうか?

 

先日の出雲で中学生による父親殺害事件が起きました。事件のあと高校生の道場生に、

 

「学校で先生に何か言われた?」と尋ねたところ

 

「あの学校の近くは報道陣が沢山いるから近づくなと言われました」と

 

「それだけ?」

 

「オス」

 

自分としては「命について」学校で話をされていると思って尋ねたのですがビックリです。学校教育はどうなっているのでしょうか?

 

こんな事に慣れてしまってはいけません。学校でも家庭でも話して、例え子供が小さくても、子供達に大変な事だと教えておかなければなりません。

 

私は自分のことは棚に上げてですが、昔から不正は絶対に許さないと、変な正義感がありました。そのため誰彼構わずよく注意していました。

 

たとえば、障害者の方用の駐車場に停めている健常者、行列への割り込み、空き缶や煙草の投げ捨てなどです。

 

ある夜、運転中に前の車から煙草が投げ捨てられました。気に入らなかったのですが走行中だったのでそのまま運転していました。しばらくして信号で停車中にまたもや火の点いたままの煙草が捨てられました。すぐに降りて行って煙草を拾い、開いている窓から「落とし物で~す」と投げ入れました。運転手は大慌てのあと降りてきて文句を言って来たので、「こんな事をしてはダメですよ(言い方はかなり違いますが)」と注意し納得してもらいました。

 

最近は子供もいるので、黙って自分で拾って捨てたり、店員や担当の方に言って注意してもらっています。

 

人間は弱いので楽な方に逃げたくなります。しかし、お金に困れば窃盗、気に入らなければ殺害という様な世の中では生きていけません。

 

自分もほぼ毎日、次から次へと本当に理不尽なことや困ったことばかりです。それでも空手をやっているお陰で「これも修行。これでまた強くなれる」と切り替えることができています。

 

こんな時代だからこそ「武士は食わねど高楊枝」、自分だけは弱い方へ行かないようにしましょう。

 

道場生は道着を脱いでも極真マークが胸に付いていると思って生活していきましょう。

 

押忍。

 

 

 

 

 

 

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