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「勝つ」より「克つ」

試合は「試し合い」であり「死合い」だと話しています。

自分の日々の稽古を相手と試し合い、稽古の成果を確認します。

その一方、一歩間違えば怪我をする危険もあり、「命を落としかねない」「命を賭す」という覚悟も必要です。

 

そんな緊張感の中で行われる闘いは、普段の稽古では決して体験することの出来ないものです。

試合では、多くの人が、普段出来ることの半分も出来なくなってしまいます。

 

大山総裁は「実践なくして証明なし。 証明なくして信用なし。 信用なくして尊敬なし」と仰っていました。

口でいくら偉そうなこと言っても、やってみなけりゃ分かりません。

だからこそ、試合に出られる時は、どんどん挑戦して経験してもらいたいです。

 

ここで、少し考えて欲しいのは、試合があるから稽古し、試合に勝つためだけに稽古していないかということ。

本来、武道は、武術(人を殺傷する技術)に、武技の修練を通じて人格形成を目指す「道」の理念が加わったものです。

試合で相手に勝つことが目的ではありません。

試合があろうがなかろうが、日々研鑽に励み、その過程で、どれだけ身に付いたかを試合で測る。

そういう考え方でいれば、試合がなくても稽古はするし、試合に出ても結果に一喜一憂することなく、結果を次に繋げられると思います。

 

柔道では、「行き過ぎた勝利至上主義が散見される」ということで、小学生の全国大会が廃止となりました。

我が子の努力を一番近くで見て来た親御さんたちです。勝たせたい一心からなのでしょう。

判定を巡り、保護者の方が審判に罵声を浴びせたり、負けた子供を大声で怒鳴ったり…。

空手の会場でも何度か見掛け、「お父さん、お気持ちは分かりますが…」と注意したことがあります。

 

試合は飽くまでも修行の一部にしか過ぎません。

相手に勝つよりも自分に克つ。

負けた試合でも、自分の心が折れていなければ大丈夫。

また立ち上がり、前に進めます。

 

試合は勝ちを目指さなければなりませんが、勝つことが全てではありません。

闘う相手は敵ではなく、自分を高めてくれる仲間です。

仲間と共に、自己に打ち克ち、より高みを目指しましょう。

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